部屋に入るとテーブルに薬が散乱していた。
きっとメンヘラな子なのだと思っていたが的中。
薬がないと眠れないし摂食障害もあると言う。
念のため、現在妊娠していないかを確認した。
していないと言う。
愛人は夫との関係を一気に喋り始めた。
4年間お付き合いをしている。
4度妊娠をした。二回は堕胎し二回は流産。
今は不妊治療に通っていると言う。
そこまで聞いて…
結婚したいの?シングルで産むの?と聞くと
"3月9日に離婚届を出すって聞いてます。あ、お義母さん大丈夫ですか?"
3月9日って来月?わたし達離婚するの?
今初めて聞いたのだけど。
"え?3月9日に離婚するって!だから毎晩離婚決まったのになんで帰るの?って喧嘩になるんです"
さっきのお隣の方の話ね
"はい"
お義母さんが大丈夫かって?主人の義母?
何かあったの?わたし何も知らないけど
"え?お義母さんがアルツハイマーでとても話ができる状態になく、離婚してもすぐには再婚は難しいけど、お義父さんは私達を認めてくれてる。お義父さんは優子さんが大嫌いだけど、お義母さんの病気の事で優子さんが世話をしたりしてるからすぐにはって…父にもそう言ってました"
義母はアルツハイマーではないよ。物忘れはあるけど、しょっちゅううちに泊まりにきてますし、わたし、義父に嫌われてるなんて今初めて知ったけど。
貴方のお父様にまでお会いしてるの?
"はい。自分はお金もないし何もない。だから謝るしか出来ません。って土下座して、3月9日に離婚届を出す事になったので、すぐに再婚とはいきませんけど、責任とりますって。妹が2人いるんですけど、皆んな呼んで私のお店で3月9日に離婚しますって言ってました"
なんで3月9日なんだろ。そうよね、離婚するのに毎晩帰ってくるっておかしな話よね。
あ、美樹さん、貴方を疑ってる訳じゃないの。
ただ、今日わたしはここで夫とも話をつけるつもりなの。だから、貴方の携帯をわたしの前に置いてくださる?
携帯をテーブルに置くタイミングでわたしの携帯がなる。夫からの電話。スピーカーにして愛人にも聞いてもらった。
"今日もさー店の若い子から相談あるから飲みに行こうって誘われてさ、遅くなるよー。昼飯食う時間もないくらい忙しいんだぜ!明日もおにぎりだけ置いといて!バレンタインだけど、眞子と利子なんか作ってるー?帰ったら食べるって言っといて"
こんな間抜けな会話を愛人が聞いてるとも知らず。笑。
"来月離婚する夫婦の会話じゃないですね"
どうする?まだこんな人と結婚したいって思うの?貴方結婚詐欺にあってるみたい。わたしが貴方のお友達だったらやめなって言うけど。
"…わからなくなってます。友達は反対します。
毎晩こんな連絡あるんですか?"
ここに来てる間に電話出来ないからじゃない?一方的に電話してくるだけだけど。わたしは用事は言った言わないが嫌いだからメールしかしないし。
"うちに来るときは電話ありません。優子さん、今日来ない気がします"
どうして?
"昨日泊まるって言ったのに朝方帰るって言うから、奥さんのところに帰るなら二度と来ないでって大喧嘩になって、さっきもラインで来ないでって送ったから"
来ると思うよ。貴方は4年彼を見てきたかもしれない。わたしは彼を20年見てきてる。彼の行動はわかるから…もう少し待たせて貰える?
そんな話をしている間に2回夫からわたしに電話が入る。先日愛人宅周辺でわたしを見かけたこともあり、何かしら疑われてるのかと思ってるのか…娘に電話を代われだの…夫は自分が主役になれる誕生日やらバレンタインやら大好きらしく、わたしはバレンタインなんか何もしないけど、やたら朝からウキウキするのがこの男。気持ち悪いくらいのテンションになる。だから、愛人宅に来る前にちょいちょいつまみ食いしてご機嫌で電話をしてるのかもしれない。
夕方から夜は忙しいの!用事がないなら切っていい?わたしはいつものように電話を切る。
"お子さん大丈夫ですか?"
下の子はお友達に預かって貰ってる。上の子は今回の事知ってしまって…わたしが帰るのを待つってお留守してるの、ちょっと上の子に電話をしてもいい?
"どうぞ"
長女との会話で兄が来ていることを知った彼女が…
"お兄さんがきてるのですか?"
下で車の中で待ってくれてる。
美樹さん、申し訳無いのだけど、美樹さんから聞いた話を兄にしたいの。兄をお家にあげて貰えないかな?
"大丈夫です"
兄が到着し、兄に一通り話すと…
兄は手をついて愛人に頭を下げた
"義弟が本当に申し訳ないことをしてしまった。
僕が謝って許されることではないけれど
貴方の身体をめちゃくちゃにしてしまった。
本当に申し訳ない"
愛人は大慌てで
"頭をあげてください。謝らなければならないのは私です。すみません"と兄と私に頭を下げた。
夫を待つ間彼女は色々な事を話してくれた。
夫の嘘がボロボロと溢れてくる。
わたしの扶養に入っているくせに
あの女は俺を扶養に入れないから
保険料も払わなきゃいけないから
俺は金がない!
要するに…金がないからって愛人のヒモだった訳。情け無い。
"きっと旦那さんは明日から来なくなります"
突然彼女が言った。兄から何故そう思うかと聞かれて…。
"今日お家に帰ったら明日から私の事は無かった事になるんです"
美樹さん。それを決めるのは夫じゃないから。わたしだから。わたしにも娘がいる。もし娘に貴方がされたことをされたらわたしは間違いなく相手を殺す。そのくらいの事していて、無かったことになんかさせない。貴方も自分の事もう少し大事にしなきゃ。簡単に4回と言ったけどね、貴方達は4人殺してるの。酷なようだけどわたしから見たら殺人犯と同じ。命を軽視する人間が人の親であっていいと思う?たかだか女がいるくらいでわたしは騒がない。隠れてコソコソやってるんだから。申し訳ないけどお金のかからない風俗に行ってるくらいにしか思ってなかったの。
"旦那さんに毎晩ここにきて夜中や朝方に帰って奥さん何も言わないのって聞いた事があるんです。何も言わないって…本当ですか?"
仕事だって言われたらそれが嘘だとわかっても頑張ってねって送り出す。仕事柄若い人から相手にされなくなったらダメだと思ってるの。もちろん目に余る時はわたしなりに釘は刺してきたし、後輩の女の子に手を出したって聞いた時は女の子に釘を刺しにも行った。けど必ず帰ってくるから。間違っても外に子供を作る事だけは許さないとは言ってた。少なくともそれくらいの分別はあると思っていたのだけど。
目の前の女は家族を壊した愛人。だけど…少なくとも夫よりこれからは幸せになってほしいと思った。あまりにも頭が弱すぎるのか演技なのかわからないけど、同性として気の毒で不憫で…彼女に対して怒りとかそんな感情は全くなかった。ただただ夫という生き物が気持ち悪くて一刻も早くわたしからわたしの可愛い娘達の目の前から消えてくれたらと…それしかなかった。